【スイタビトvol.007】「伝わらない」の先に、相手の景色がある。千里高校出身・山口郁未さんが『文脈学️®︎』に込めた想い。

「ちゃんと説明したのに、どうして伝わらないんだろう?」
職場の上司や部下、家族、友人。身近な人との会話で、そんなもどかしさを感じたことはありませんか。
今回お話を伺ったのは、千里高校出身の山口郁未(やまぐち いくみ)さん。株式会社mazuWAの代表を務め、企業向けの研修やマーケティング支援に取り組んでいます。
「言語化するコーチ」として活動する山口さんが、大切にしているのは、言葉を上手に並べることだけではありません。その言葉を受け取る相手が、どんな景色を見ているのか。そこに目を向ける、山口さんの提唱する「文脈学®︎」という考え方です。
著書『文脈学®︎ こいつ、何が言いたいん?をなくす思考のトレーニング』は、地元・エキスポシティの書店「TSUTAYA BOOKSTORE ららぽーとEXPOCITY店」様も応援。
本が好きだった高校時代から、ベトナムでの経験、そしてAI時代に伝えたいことまで、山口さんの歩みと想いを伺いました。
1. グリコでの経験を経て。「言語化するコーチ」として独立

――まずは、現在のお仕事について教えてください。
山口さん:
「言語化するコーチ」として、企業向けにマーケティングやマネジメントスキルなどの研修や支援を行っています。基本的には自分で取り組んでいますが、人事制度の設計など、内容によっては仲間と一緒に進めることもあります。
「言語化」という言葉を前に出しているのは、「考えていることをうまく言葉にできない」「相手に伝わらない」という悩みを、身近に感じる方が多いからです。
ただ、本質的に扱っているのは「文脈」なんです。言葉にする力だけではなく、その言葉がどう受け取られるのかまで考えることを大切にしています。
――独立される前は、江崎グリコにお勤めだったんですよね。
山口さん:
はい。2008年4月に入社して、2022年末まで在籍していました。その後、2023年から自分で事業を始めました。
入社当時、実は自分はかなり同僚や上司とのコミュニケーションが下手な方だったんです。仕事の中での提案事項や言いたいことが上手く相手伝わらなくてすごく苦労したのを覚えています。
――そういった原体験が今の仕事の活動にもつながっているんですね。
今のお仕事も、何か決まったルートがあるというより、いろいろな場所に出向いて人とお会いしたり、ご紹介をいただいたりするなかで、つながってきたものだそうです。
マーケティング、営業、人事、海外での活動。他にも経営企画やイノベーション企画など。山口さんは、グリコ在籍中から現在のお仕事までさまざまな立場を経験してこられたそうです。
その経験を経て、現在も活動の中心にあるのは「目の前の人」。マーケティングを、相手に誠実に向き合い、その人にとっての価値を届ける営みとして捉えていらっしゃいます。
2. ベトナムで気づいた、「自分の当たり前」の外側


――「文脈」に強く関心を持つようになったきっかけは、何だったのでしょうか?
山口さん:
きっかけとして大きかったのは、ボランティアでベトナムへ行った際の経験です。
日本で暮らしていると、自分が当たり前だと思っていることを、当たり前のまま受け止めてしまう。でも、違う文化のなかに入ると、それが通用しない場面に出会います。
たとえば、現地の乗り物の運転手さんってクラクションを本当によく鳴らすんですよね。私は最初せっかちな人が多いなと感じたと言いますか、日本人的な常識でクラクションの意味を捉えてしまっていたんです。
ところが現地の方のお話を聞くところによると、現地ではクラクションを鳴らすというのは相手への気遣いの行動だとお伺いしたんです。
このように自分のが持っている「当たり前」の感覚では理解しにくかったことがありました。
同じ行動でも、どんな前提や背景から見るかによって、意味が全く変わってくる。そのことを強く実感した経験でしたね。
――言葉が通じるかどうか、という問題だけではないんですね。
山口さん:
そうなんです。言葉そのものだけでなく、その人が何を当たり前だと思っているかが違う。海外にいると、その違いに気づきやすいんですよね。
でも、じゃあ日本の中でそういった前提や背景など。個々人が持っている「当たり前」に差異はないのか?
いや、あるな。むしろこれが今まで自分自身も感じていたコミュニケーションのなかで感じていた違和感の正体なんじゃないかなと気付いたんです。
同じ日本語を使っていても、経験してきたことや、知っていること、見ているものは違います。帰国してからは、日本のなかで起きているそうした問題にも向き合うようになりました。
3. 大切なのは、「前提が違うかもしれない」と気づくこと


(招聘講師を務める同志社女子大学にて)
――「文脈」と聞くと、少し難しく感じる方もいると思います。身近な言葉にすると、どういうことでしょうか?
山口さん:
「相手と同じ景色を見ようとすること」と考えてもらうと、わかりやすいと思います。
自分に見えている景色と、相手に見えている景色が、どれくらい一致しているのか。それを意識するということです。
よく「前提条件の違い」という言い方もしますが、それは文脈の一部分なんですね。相手が何を知っているかだけでなく、どう受け止めているかまで関わってきます。
――では、お互いの前提条件をそろえることが大切なのでしょうか?
山口さん:
そもそも、前提条件が違うこと自体が問題なのではないんです。
「前提条件が違うかもしれない」という疑問を持っていないことが、問題なんです。
自分がこう思っているから、相手も当然こう思っているはずだ、と進めてしまう。そうすると、すれ違っていることにすら気づけません。
まずは、自分と相手は違う景色を見ているかもしれない、と認識すること。そこからだと思います。
――説明を増やして、情報の差を埋めればよい、というほど単純でもないのでしょうか?
山口さん:
説明を加えたことで、相手に新しい解釈が生まれることもあります。その解釈によって、また別のずれが起きる可能性もあるんです。
だから、情報を足せば必ず解決する、というわけではありません。
それに、自分自身についても、自分が認識している姿と、ほかの人から見えている姿は、必ずしも一致しませんよね。自分も、自分の持っている情報の範囲で判断している。その前提を認識しておくことが大切です。
「どれだけ説明したか」だけではなく、「相手にはどう見えているか」。
話を聞いていると、伝えることへの向き合い方が、少しずつ変わっていきます。
4. 職場でも、家族でも。身近な会話からできること


――企業向けの研修だけでなく、家族や友人との会話にもつながるお話ですね。
山口さん:
もちろんです。上司と部下の間だけではなく、夫婦でも、親子でも起こることです。
家族だからわかっている、近くにいるから同じように考えている、とは限りません。目の前の同じものについて話していても、受け止め方が違うことはあります。
身近な相手とのやりとりでも、一度、相手がどんな景色を見ているのかを想像してみる。そのことが大事なんです。
――日常のなかで、まず意識できそうなことはありますか?
山口さん:
たとえば、仕事で「やっといてな」とお願いするときです。
言った側と受け取った側で、いつまでにやるのか、どこまでやるのかという前提が違えば、結果も変わりますよね。
そこで、少しすり合わせをする。たとえば2分でも、相手がどう受け取っているかを確認する時間を取ることで、変わることがあると思います。
「伝えたから終わり」ではなく、同じことをイメージできているかに目を向けてみる、ということですね。
日常の気づきを、思考のトレーニングに


書籍では、
- 日常で心が動いた出来事を拾う「Wow」
- なぜそう感じたのかを掘り下げる「Why」
- そこから得た気づきを仕事などへ応用する「Wrench」
という流れも紹介されています。自分の感じ方を言葉にし、その背景まで考えるためのトレーニングです。
相手のことを考えると同時に、自分が何に反応し、何を大切にしているのかにも目を向ける。そんな日々の問いが、会話の土台を見直すきっかけになりそうです。
5. AI時代だからこそ、「なぜ?」を手放さない


――最近は、AIが文章やアイデアを出してくれるようになりました。一方で、「自分で考える力を鍛えても……」と、どこか諦めてしまう人もいるように感じます。山口さんはどう捉えていますか?
山口さん:
僕は、それほど焦っていません。揺り戻しが来ると思っています。
便利なものができたからといって、人間に必要なものが全部なくなるわけではないですよね。
たとえば、新幹線で名古屋に行けるとしても、「名古屋に行きたい」と思ったのは誰なのか。そもそも、新幹線をつくったのも人間です。
移動するための手段が便利になっても、「どこに行きたいのか」「なぜ行きたいのか」という意思は、使う側にあります。
逆に言えば、そんな「意志」がなければ新幹線も価値はなく、ただの鉄の塊なわけです。そしてそれは、AIについても、そこを忘れてはいけないと思うんです。
――答えを出すことと、何を求めるかを決めることは、別なんですね。
山口さん:
そうです。自分は何が好きなのか、何をしたいのか。そういう内側から出てくるものが大切です。
たとえば、「地元が好きだから、地元のために何かしたい」という気持ちがありますよね。その本人の想いや熱量を、AIに代わってもらう話ではないと思うんです。
AIは「正解っぽいもの」を出してくれます。でも、そこに自分の大前提や文脈が入っていなければ、自分が本当に求めているものとは違うかもしれません。
だから、AIをうまく使うためにも、自分の文脈を理解しておく必要がある。「なぜ、そう思うのか」を問い続けることが大事だと考えています。
――AIに対抗するためではなく、使いこなすためにも、自分で考えることが必要だと。
山口さん:
そうですね。AIを使わないという話ではなく、乗りこなしてほしいんです。
そのうえで、自分の人生の舵は、自分で握っていてほしいと思っています。
6. 本が好きだった千里高校時代。今、吹田の書店に自分の本が並ぶ


――ここで、吹田とのつながりについても伺いたいです。千里高校に通われていたそうですね。
山口さん:
はい。千里高校に通っていました。本が好きで、学校の図書館には図書館の先生よりも先に部屋の前について待っていた時もあるくらいどっぷりでしたね。(笑)
――以前スイタビトに登場いただいた釜本莉奈さんと同じく、エキスポシティの書店も山口さんの本を応援されています。吹田の書店にご自身の本が並ぶことを、どう感じていますか?
山口さん:
本当にうれしいです。うまく言葉にならないくらいですね。
本が好きで、図書館に通っていた自分の本が、今、書店に並んでいる。今は、足を運べるだけ書店に行っています。
「言語化するコーチ」が、言葉にならないほどのうれしさを感じている。
人の気持ちや文脈について話してきた取材のなかで、その言葉も印象に残りました。本を読む側だった高校時代から、自分の考えを一冊にまとめ、地元の読者へ届ける今へ。山口さんの歩みが、吹田の書店でつながっています。
――最後に、吹田で暮らす人・働く人へメッセージをお願いします。


山口さん:
相手が何を見ているのかを想像することと、自分が何を大切にしているのかを考えること。その両方に目を向けてほしいと思います。
便利なものを活用しながらも、自分がどうしたいのか、なぜそうしたいのかを手放さない。
自分の人生の舵を、自分で握っていてほしいですね。
7. 編集後記
今回の取材で、特に印象に残ったのは「説明を増やしても、新しい解釈が生まれる」というお話でした。
私自身、仕事のなかで「これだけ説明しているのに、どうして伝わらないのだろう」と感じることがあります。これまでは、言葉が足りなかったのか、もっとわかりやすく説明すればよかったのかと、伝え方の問題として考えがちでした。
でも、山口さんのお話を聞いていると、見直すべきなのは、そのもう一つ手前なのだと気づかされます。
そもそも、相手と同じ景色を見ていたのだろうか。「わかっているはず」と思っていたことは、本当に共有できていたのだろうか。
そして、AIについてのお話も、単に「人間が考える力を失ってはいけない」という話ではありませんでした。自分が何を好きで、何をしたいのか。その意思を持って道具を使うことが、自分の人生を選ぶことにつながっているのだと感じました。
仕事の相談でも、家族との何気ない会話でも。次に「どうして伝わらないんだろう」と思ったら、一度、相手の見ている景色を想像してみる。
山口さんのお話には、そんな身近なところから始められるヒントがありました。
(取材・文/吹田日和 編集部 金子和樹)
8. インフォメーション・プロフィール
山口郁未(やまぐち いくみ)



千里高校出身。株式会社mazuWA代表取締役社長。
2008年に江崎グリコへ入社。マーケティング、営業、人事などを経験し、2019年にはJICA海外協力隊としてベトナムで活動。帰国後は海外事業や経営企画などに携わり、2023年に独立。企業研修やコンサルティングを通じて、人と組織の言語化や思考を支援している。
会社・活動情報:株式会社mazuWA 公式サイト
instagram:@ikumi_yamaguchi_mazuwa
書籍紹介
『文脈学®︎ こいつ、何が言いたいん?をなくす思考のトレーニング』
著者:山口郁未
出版社:幻冬舎メディアコンサルティング
発売日:2026年7月27日
言葉にする力と、相手の背景を読み取る力。その両面から、仕事や日常の「伝わらない」に向き合う一冊です。書籍の詳細は、ブクログの紹介ページでも確認できます。






